元不登校 母娘の日々

小学校低学年で不登校だった母と、小2不登校→別室登校→放課後登校、小4支援学級で復学?した小6次女の記録

不登校 理由がわからない③

 理由がわからない①②とは別の視点の話です。

 私は元々おしゃべりでした。母に学校であったことを事細かく話してました。

 ある日、母がとってもウザそうにしているのに気づき、それがとても悲しくて、それからあまり話しができなくなりました。

 あと母はよくイライラしていました。その姿を見て、私のせいかな、私はこの家にはいらない子なんだなと思ってました。

 もっと図々しければ良かったのでしょうが、HSC的思考回路ですね、きっと…

 父はなんでしょう…もともと何か話す存在ではなかったです。娘たちが、帰宅した主人に『今日は○○したよ』と当たり前のように日々の報告をしていますが、そんなことをした記憶がほとんどないです。

 登校拒否していた時も無理やり学校に連れてかれていたので、両親が味方という認識がありません。

 いつもイライラしてて話を聞いてくれない、両親を味方だと思っていないので、胸の内を話すという発想がありません。

 きっと両親は『この子は何を考えているのか分からない、なんで何も話さないんだろう』と思っていたに違いありません。

 本人はいろいろ思うことがあっても親に話さない、話せないから親には理由がわからない場合もあります。

 話すことでスッキリしたり、大人の介入で紐解けることもあるかもしれないのに、話さない、話せないはその機会すらありません。

 私と次女の関係もこうだったようです。次女の不登校を機にアクティブリスニング、アイメッセージ、共感、コンプリメント…自らの言動を見直しました。

 不登校から半年経ったころ、スイミングを続けられなかった理由を教えてくれました。

 親子関係はだいぶ改善したと思ってますが、どうだろう…

 良いところも悪いところも丸ごと受け入れて味方になる、親は味方だよってことを実感させることが当面の目標です。

   

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