五月雨登校と仮病と安全基地
私は低学年の頃、登校拒否してました。今でいう五月雨登校です。
休みたい、学校イヤと言っても無理矢理連れてかれてました。
どうして学校イヤなのかと寄り添って話を聞いてくれた記憶はありません。
結果、私は仮病を使うようになりました。
学校苦手な子がお腹痛くなったりと身体症状が出る場合もありますが、私は明らかな仮病です。
水銀式の体温計を布団で擦って温度あけてみたり…お腹痛いって言ったり。
仮病使うと母が優しくなるので甘えたかったんです。一緒に病院行ったり、膝枕してもらったり、それが嬉しかったです。
逆に仮病を使わないと母は優しくないし、甘えられないと思っていました。
低学年で休み休み登校して耐性がついてきたのか3年生以降は休むことは少なくなりました。でも何故か行事が苦手で仮病使ってよく休んでました。
大人になった私は母だけでなく両親ともに甘えるというか、愚痴を言ってみたり、頼ることはほとんどしないし、些細な世間話ですら身構えます。
実家の隣に住んでいるというのに…
進路含めて相談事は、ほとんどしてきませんでした。事後報告です。『こうしたいと思ってるけど、どう思う?』でなく『こうしたいです、よろしく!』って感じ。
子どもの気持ちを突っぱねていると子どもは親に本音を言えなくなります。
家族という一番小さなコミュニティで本音を吐けない、結構しんどいです。特にHSCには。
HSCは学校で自分の言動がこれで良いかなってすごく気を使ってます。
家に帰っても気を使って生活するのは本当に辛かったです。
一番小さなコミュニティで思うようにコミュニケーションをとれないHSCは、自信がないから外でも思うようにコミュニケーションがとれなくなるように思います。
HSCに限らず子どもの甘えには応えてあげて、愚痴をいっぱい吐き出させてあげて、家を安全基地にして欲しいです。
家族が安全基地でないと、不登校や五月雨登校が子どもの成長とともに解決したとしても、その先の親子関係はこじれまくりです…